ゴルトシャッツ

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Date : 2006年01月22日

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本日、仮面ライダー響鬼が最終回を迎えました。
いろいろあった響鬼でしたが、関わったすべてのスタッフ、キャストのみなさん、
お疲れさまでした。


響鬼を観るにあたって興味の対象だった、ヒビキの鬼に到るまでの道程、
魔化魍の発生原因と目的、そして魔化魍という存在の終焉の形。
なにひとつ描かれることなく終わりを告げたことは残念ですが、
最後の最後で進む道を自ら選択した明日夢の姿をみることができて、
わたしの中でも響鬼という作品を終わらせることが出来ました。

「響鬼」はヒビキと明日夢の物語だった。
ラストシーンを観て、作品を受け継ぐこととなったスタッフも
その部分を守ろうとしていたことがわかりました。
キリヤが登場したのも、性格が憎まれるものでなくてはならなかったのも
鬼にはならない(なれない)、けれど作品の中核を担う明日夢の
存在を殺さないためだった。

明日夢の存在を生かすためとはいえ、
その選択は到底好ましいと思えるものではありませんが、
「明日夢とヒビキの物語を描いていく」という当初の言葉に偽りが
なかったことがわかって嬉しかった。

わたしにはずっとキリヤの存在意義がわからなかった。
特にキリヤがああいった性格で、その性格を途中で変えるつもりがない
ということが分かってからは、何を描きたいのかさっぱり解りませんでした。

しかし響鬼のメインテーマ(であると私は思う)
「触れ合うことによって人は変る(変れる)」をヒビキで
表現するには弟子の存在が必要で、それが明日夢でなくなった時、
キリヤは視聴者から憎まれる存在でなければならなかった。

魔化魍をまっすぐ見ながら変身するキリヤの表情には、
中村君が持っている素直な性格が表れていました。
役者だから仕方ないとはいえ随分な貧乏くじをひいたわけで、
それでも公の場所で一切愚痴をこぼすことなく、最後まで憎まれ役を
憎たらしく演じきった中村君は見事だったと思います。
キリヤは精神面でもっと修行が必要だけど(笑)最後に変身出来てよかったね。

物語は最後まで見てみないとわからないとはよく言ったもので、
最終回を見てはじめて響鬼が一貫して「人は変われる」というテーマを
描いていたことがわかりました。バトンタッチした後はその部分を
自分なりに描くためにまずキャラクターを変化させた。
そうして特化された部分は各キャラクターが元々持っていたものであったとしても、
あまりにドラスティックな変化であったため私は拒絶反応しか起せませんでした。

途中、描きたいものがないのかとさえ思い、それならばなぜ
こんな風に変化させたのかと理解に苦しみましたが、
いまとなってはテーマを描くための変化だったのだと
本末転倒じゃないかと思いながらも私なりに理解しました。

そうして見た時、あの会話の流れで「俺について来い!」という
ヒビキさんの、いっそ微笑ましいまでの本質部分の変わらなさに、
「響鬼」という番組は終わりを告げたけれど彼らの物語が終わることはない。
このラストは響鬼という不運な作品にとって、
最良な形での最後なのかもしれないと思いました。

この作品に関わった誰もが幸せにならなかったと感じる
「響鬼」だけど、影響を与え合い共に歩んでいく相手をみつけた
作中のヒビキさんがしあわせそうだったからもうそれでいい。

この1年間、いままでになく様々なことを考えさせられました。
最後はやっぱり感謝の言葉で終わらせたい。

いままでどうもありがとう。


次回作をつくるなら魔化魍を倒しながら
子離れに苦しむヒビキさんをテーマにどうかひとつ。
大人になった明日夢はああみえて京介よりも手強いと思いますよヒビキさんッ。笑
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プロフィール

たいら/taira

  • Author:たいら/taira
  • ゴールドシャッツ'Goldschatz'
    1996年 ドイツ・タンタウ作出

    Blog歴
    2005年 仮面ライダー響鬼
    感想Blogとしてスタート
    2006年 Blog名変更 
    旧名 -響く鬼ってどんなオニ?-
    2010年 萩野崇さんFan Blog
    - Bush Clover- と統合 

    ~現在に至る

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